心理学者の内藤誼人さんは著書の中で次のようなことをおっしゃっています。

「『親バカ』という言葉がある。 わが子の欠点には、一切目をつぶって『かわいい、かわいい』を連呼する親のことである。普通は、悪い意味で使われるのだが、私は、この言葉を積極的な意味で使いたい。

欠点があっても、それでも他人を愛せるというのは、すばらしいことである。 私は、読者のみなさんに、『親バカ』ならぬ“人間バカ”になってほしいと思う。

あなたが上司なら、上司バカだ。部下を過大評価し、欠点があっても、それでも愛せるような上司なら、部下がついてこないわけがない。 人に惚れやすく、出会って5分後には、相手に惚れてしまうような、そういう人間になれれば、もう無敵である。

自分には、いくらでも厳しくてもいい。 自分のことは甘やかさずに、厳しいルールで自分を縛ってもかまわない。 だが、他人に対しても、厳格な態度でのぞんではいけないのだ。 他人のことを大目に見るクセをつけるのである。

『私たちは、ともすると自分には甘い点数をつけるくせに、他人にはからい点数をつけがちだ』と述べるのは、プリンストン大学のレスリー・ゼブロウィッツ教授である。 私たちは、自分のことを棚に上げておいて、他人のことばかり批判しようとする傾向があるわけだ。

他人に対しては、むしろ大目に見るくらいでちょうどいいのである。  誰でもそれなりに欠点を持っているのだから、『欠点を含めた相手をも愛せる』ようになったほうが現実的には意味があるわけである。

相手の小さな欠点が目についてどうしようもないというのなら、それは相手に問題があるのではなく、相手のことをそんな風にしか評価できない自分の性格のほうに、何かしらの問題があるのだ。」(『ストレスゼロで働く62のテクニック』 32~34頁)。

「相手の小さな欠点が目についてどうしようもないというのなら、・・・相手のことをそんな風にしか評価できない自分の性格のほうに、何かしらの問題があるのだ」とは、なかなか手厳しい言葉です。

クリスチャンの私たちにとってはなおさらのことです。 「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか」(マタイによる福音書 7章3節 )。

筆者の言うように、ある意味、人に惚れやすく、5分後には相手に惚れてしまうような無敵の人間、“人間バカ”になりたいと思います。

ただし、誰よりも無敵なお方、私たちを愛して止まれないお方、私たちを過大評価してくださっているお方はイエス様です。 そのようなイエス様ですからこそ、私たちは、どこまでもついてゆきたいと願うのでしょう。